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ダムと川のこれから——3,000基の再評価と、日本の治水を問い直すとき

第3話|日本の3,000基——老朽化・土砂堆積と、撤去しないリスク

公開 2026-05-05 · 一般財団法人 地球防衛群

第3話|日本の3,000基——老朽化・土砂堆積と、撤去しないリスク

要旨:日本には河川法上のダム(堤高15m以上)が約1,480基あり、その多くは高度成長期以降に建設された。国土交通省所管ダムでは、完成後50年以上を経過したものが約2割に達し、堆砂が計画を上回るダムや洪水調節容量内に堆砂が確認されるダムも存在する。老朽化した河川構造物を「残す」ことは、必ずしも安全を意味しない。補修、再生、運用変更、堆砂対策、そして撤去を含め、流域単位で再評価する制度が必要である。本記事では、主に河川法上のダムと国土交通省所管ダムの老朽化・堆砂問題を中心に扱う。


1. 「3,000基」の内訳を見る

日本にはダムが約3,000基ある。この数字の内訳を明確にしておく。河川法で定義されるダム(堤高15メートル以上)は約1,480基1。これに堤高15メートル未満の堰・取水施設等を加えた河川横断構造物が約3,000基規模とされ、本連載ではこの範囲を議論の対象とする。さらに砂防堰堤は約8万基、農業用ため池は約15万か所が全国に分布しており、流域に関わる貯水・横断構造物まで含めれば十数万規模に及ぶ。国土交通省所管の管理ダムだけでも575基(令和5年3月時点)を数える2

内訳を見る。治水を目的に含む多目的ダムが約570基。発電専用が約393基、農業用が約427基、上水道が約77基3。管理主体も国土交通省直轄(106基)、水資源機構(24基)、道府県(443基)と分散している。管理主体によって点検の頻度も公表のルールも異なり、全体像を一望できる統一的な仕組みは整備途上にある。

建設年代は集中している。1960年代から1990年代にかけての30年間で569基が竣工した1。高度経済成長を支えるための国土開発が全国の河川を堰き止めた時代だ。荒瀬ダム(1955年竣工)はその先駆けであり、典型例でもある。この建設ラッシュの産物が今、一斉に老いようとしている。


2. 設計寿命と、それを超えていくダム

コンクリートダムの本体は耐用年数100年とされる4。ただしこれはあくまで本体構造の話であり、ゲート設備、放流管、計測機器などの機械・電気設備は20〜30年で更新が必要になる。荒瀬ダムが撤去を決めた背景にも「主要設備が今後10年前後で全面取替えの時期を迎えるが、費用の回収見通しは不透明」という判断があった。

国土交通省所管の575ダムについて、令和5年時点の経過年数を見ると、完成後50年以上が全体の約20パーセント、40年以上が約38パーセント、30年以上が約57パーセントを占める2。所管ダムの6割近くが「中年」以上にある。今後20年で、50年超のダムが急増する。

「100年持つ」と言われるコンクリート本体も、地震の繰り返しや温度応力によるひび割れ、打ち継ぎ目からの漏水が進行する。2011年の東北地方太平洋沖地震では、福島県須賀川市の藤沼ダム(1949年竣工のアースダム)が強い長時間地震動により決壊し、下流3キロメートル以上を泥流が襲い、死者7名・行方不明者1名、流出家屋11戸の被害を出した5。近代以降の日本で、地震による貯水施設の決壊が人的被害をもたらした代表的事例である。藤沼ダムは竣工から62年が経過していた。


3. 土砂が治水機能を奪っている

ダムは水を貯める。同時に、上流から流れてくる土砂も貯める。砂利や泥はあらかじめ想定された堆砂容量に溜まっていくが、その容量を超えれば洪水調節に使えるスペースを食い始める。

国土交通省が令和6年に公表した堆砂状況報告によれば、所管575ダムのうち計画堆砂量を超過しているダムは68基ある6。さらに、洪水調節容量内に堆砂が確認されているダムは326基——全体の57パーセントに及ぶ。ただし、その大半にあたる306基は、洪水調節容量に見込まれた余裕の範囲内とされている。一方で、余裕の範囲に収まっていないダムも20基あり、19基は対策実施中、1基は対策検討中とされる6。326基すべてが治水機能に深刻な影響を受けているわけではないが、堆砂が洪水調節容量に及んでいる事実は、個別の評価と対策の継続が必要であることを示している。

堆砂は治水機能の問題だけではない。ダムが土砂を止めれば、下流への砂礫の供給が絶たれる。河口の干潟が痩せ、海岸線が後退する。河床が下がって護岸の基礎が露出することもある。第1話で記録した八代海の干潟減少には、沿岸開発、河川改修、潮流変化など複数の要因が関係すると考えられる。その一方で、荒瀬ダムを含む上流の河川構造物が土砂供給を変化させ、河口干潟の物理環境に影響を与えた可能性は、研究や現地観察でも指摘されている。

堆砂は止まらない。日本の河川は急峻で、欧米の大陸河川と比べて土砂の生産量が桁違いに多い。浚渫やバイパストンネルで一時的に土砂を除去しても、上流からの供給は続く。堆砂量が計画堆砂量を超えたダムは、設計時の想定を上回る土砂流入が生じていることを意味する。ただし、それが直ちにダム全体の寿命や治水機能の喪失を意味するわけではない。重要なのは、堆砂の位置、洪水調節容量への影響、排砂・浚渫の実施状況を個別に評価することである。


4. 撤去しないことのリスク

老朽化し、堆砂で機能を失ったダムを残し続けることが、本当に安全なのか。

老朽ダムが制御不能な状態で崩壊した場合に起きることは、計画的な撤去とは比較にならない。藤沼ダムの決壊では、下流住民に避難の時間はほとんどなかった。堤高18メートルの農業用ダムでこの被害である。もちろん、被害規模は貯水量、地形、下流の人口密度、決壊形態によって大きく異なる。ただし、貯水量の大きいダムほど、万一の決壊時に下流へ及ぼす影響は広範囲になり得るため、個別のリスク評価が不可欠である。

「壊れないように維持する」選択にもコストがかかる。設備更新は20〜30年ごとに必要であり、堆砂対策の浚渫費用は年々膨らむ。荒瀬ダムが撤去を決めた2002年時点の試算で、主要設備の全面更新に60億円以上が必要とされていた。更新して延命しても、堆砂が進めば貯水容量は減り続ける。維持費と機能低下のバランスをどこまで許容するかは、個別のダムごとに異なるが、維持の合理性を定期的に再評価する仕組みがなければ、費用だけが積み上がる構造になりかねない。

計画的に撤去すれば、工期も影響範囲も管理できる。荒瀬ダムでは生態系に合わせた3か月半の施工期間(エコ・ウィンドウ)を設定し、汚濁防止膜で下流への影響を抑えた。制御された撤去と、制御不能な決壊は、まったく別の事象だ。


5. 荒瀬ダムが示したもの

第1話で記録した事実を改めて整理する。

2010年、発電停止とともにゲートが全開された。翌年から河口域ではアオノリの成長や色調の変化が報告され、従来30センチ程度だったものが1.5メートル以上に伸びたとの証言がある(関係者証言では深いところで4〜5メートルに達した例もあるとされる)。干潟には砂が戻り、ハマグリやマテガイが増え、アマモ場が広がった。ダム湖だった区間には7つの瀬が復活し、川底の生物種は2014年時点で10年前の約7倍に増えたとの調査結果も関係者から紹介されている。河口周辺の赤潮についても、ゲート開放後に大規模発生が減少したとの報告があるが、赤潮の発生要因は海域環境や気象条件等を含む複合的なものであり、単一要因に帰すことはできない。

荒瀬ダムは堤高25メートルの中型ダムだ。それでも60年間止めていた砂と水流を解放しただけで、これだけの回復が起きた。予想を超える速度だったと、地元市民団体の事務局長は繰り返し証言している。

規模が大きければ回復の規模も大きくなるのか——それは仮説であり、検証にはもう一つの撤去事例が必要だ。だが少なくとも荒瀬ダムは、川には流れと土砂供給が回復すれば自ら地形と生態系を再編しようとする力があることを、25メートルの規模で可視化した。堆砂で機能低下が進んだダムについて、同様の問いを立てることは非現実ではない。


6. 日本の地形と、それが意味すること

日本の河川は急峻だ。利根川ですら河口から200キロメートルで標高差500メートルを超え、欧州のライン川やセーヌ川と比較して勾配が一桁大きい。梅雨や台風で降水が集中し、短時間で流量が急増する。現役の治水機能を持つダムを安易に撤去すれば、下流に洪水リスクを転嫁することになる。これは事実だ。

ただし、すべてのダムが「現役の治水機能を持っている」わけではない。堆砂で容量を失い、設備が老朽化し、洪水調節の実効性が設計値を大きく下回るものが混在している。そうしたダムを「治水の要」として扱い続けることは、地形の特性とは別の話だ。

急峻な地形だからこそ、堆砂の進行は速い。集中豪雨が増えるからこそ、洪水調節容量を土砂に食われたダムの存在は危険になる。地形の厳しさは、むしろ評価を急ぐ理由だ。


地球防衛群の立場

点検や堆砂調査はすでに行われている。けれども、それが一基ごとの将来判断——補修するのか、再生するのか、運用を変えるのか、あるいは撤去するのか——に十分つながっているだろうか。

老朽化したダムに必要なのは、「残すか壊すか」の二択ではない。補修、再生、運用変更、堆砂対策、用途転換、部分撤去、完全撤去までを含めた選択肢の比較である。問題は、撤去が最初から検討対象外に置かれがちな点にある。

「撤去しない」ことは、自動的に安全を意味しない。老朽化、堆砂、設備更新費、下流への影響、生態系への影響を含めて、残すことの費用とリスクも評価されるべきである。

荒瀬ダムでは、当初の撤去費用に加え、管理・環境対策・関連工事等を含む総事業費が膨らんだと報じられている。荒瀬ダムの事例は、計画的な撤去にも相応の費用と合意形成が必要であることを示している。同時に、撤去という選択肢が技術的・制度的に不可能ではないことも示した。

必要なのは、撤去を結論にすることではない。撤去を選択肢から排除しない制度である。全国のダムについて、堆砂率、構造健全度、残存機能、維持管理費、流域環境、撤去・再生時の影響を比較できる仕組み。撤去や再生に備えた費用の積立。流域住民が参加する合意形成のプロセス。

それらが揃って初めて、「残す」も「壊す」も合理的な判断になる。

荒瀬ダムは壊された。川は戻った。あの25メートルを、例外で終わらせる必要はない。


注記

  • 本記事は、老朽化したダムや河川構造物の一律撤去を主張するものではない。治水・利水・発電など現に重要な機能を果たしているダムについては、その機能と安全性を前提に慎重な評価が必要である。本記事の趣旨は、老朽化、堆砂、維持管理費、生態系影響を含め、補修・再生・運用変更・撤去を選択肢とする流域単位の再評価制度の必要性を論じるものである。
  • 本記事の数字は一次資料の照合中の段階を含む。記録性を優先して掲載しており、続刊で更新する場合がある。

本記事は、一般財団法人 地球防衛群が運営するWebサイト earth-savers.org の解説記事シリーズ「ダムと川のこれから」第3話として執筆した。法的助言・行政判断・投資判断の代替ではない。

注・出典

  1. 一般財団法人 日本ダム協会(JCOLD)「日本のダム」(河川法上のダム総数・建設年代分布)。https://jcold.or.jp/j/dam/dam_asia/dam_japan/(外部サイトを別タブで開く) (2か所目)

  2. 国土交通省 ダムの有効活用に向けた検討懇談会 第1回 資料2「既存ダムの現状と課題」(所管575基・経過年数統計、令和5年時点)。https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/dam_kondankai/dai01kai/02_shiryo02.pdf(外部サイトを別タブで開く) (2か所目)

  3. 同上(目的別内訳:多目的570基・発電393基・農業427基・上水道77基等)。

  4. 日本経済新聞「ダム、老いる国土インフラ 本体耐用年数は100年」(2014年9月)。

  5. 福島県農業用ダム等安全性検証委員会「藤沼湖の決壊原因調査 報告書(要旨)」(平成24年1月)。死者7名・行方不明者1名、流出家屋11戸。https://www.pref.fukushima.lg.jp/download/1/nosonkeikaku_kensyo_houkoku1-1.pdf(外部サイトを別タブで開く)

  6. 国土交通省水管理・国土保全局「ダムの堆砂状況について(令和6年公表)」。計画堆砂量超過68基、洪水調節容量内堆砂326基(うち余裕範囲内306基、余裕超過20基)。https://www.mlit.go.jp/river/dam/taisa/taisha_joukyouR6.pdf(外部サイトを別タブで開く) (2か所目)

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