土地取得における実質的支配者開示制度の創設に関する提言

――自治体の条例運用から見えた制度的空白について――

法人が土地を取得する際、最終的に誰が意思決定しているのかを自治体は把握できない。条例の届出では第一層の株主までしか見えず、その先を追う権限がないためだ。本提言は、この制度的空白を埋めるために、不動産取得時の実質的支配者の開示義務化を含む五つの措置を国に求めるものである。英国・EU・米国の先行制度とFATF勧告を踏まえ、日本の現行制度の課題を整理した。

公開 2026-05-04 ・ 最終更新 2026-07-25

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#政策提言 #実質的支配者 #土地取得 #BeneficialOwner #FATF #2026年7月25日改訂

一般財団法人 地球防衛群

初版:2026年5月 最終改訂:2026年7月25日


要旨

本文書の位置づけ: 本文書は、国(立法府・関係省庁)に対する政策提言です。当法人が独自に実質的支配者の個人情報を収集・公開することを定めるものではありません。

法人による土地取得において、最終的な意思決定権を持つ自然人(実質的支配者)の開示を、国の制度として義務化することを求める。

当法人は2026年5月に市町村向け条例ひな形「命の水と森を守る条例」の初版を公開し、その後改訂を重ねている。同条例第9条の2は、水源涵養機能を有する区域の土地取引について、取得者の第一層の株主・出資者情報の届出を義務付けている。しかし、その先にある実質的支配者――多層的な出資構造の最上位に位置する自然人――の追跡は、自治体の権限では不可能である。海外法人への調査権限、金融機関の本人確認情報へのアクセス、届出内容の検証手段のいずれも、条例には備わらない。

この空白を埋めるには、国レベルでの立法措置が必要である。

英国は2022年に Register of Overseas Entities を施行し、英国内の不動産を保有する外国法人に対して実質的支配者の登録を義務付けた。未登録の外国法人については、不動産の譲渡、一定期間を超える賃貸借、担保権設定などの登記が制限され、実務上、主要な処分行為ができなくなる。EUはマネーロンダリング対策指令で全加盟国に実質的支配者の登記を義務化した。米国は Corporate Transparency Act に基づくFinCEN報告制度を運用し、不動産取引に特化した規則の整備も進めている。FATFは2022年に勧告24を改訂し、法人の実質的支配者情報について正確かつ適時に利用可能であることを加盟国に求めている。

日本は2022年から実質的支配者リスト制度を運用しているが、利用は任意であり、対象は株式会社に限られ、不動産取得との連動もない。FATFの有効性評価ではなお課題を残しており、2028年8月の第5次相互審査では実質的支配者情報の把握と活用が重要論点となる。

本提言は、国際的な制度動向と、水源地域保全条例等における土地取引届出制度の構造上の限界を踏まえ、以下の五点を国に求める。法人による一定土地取得時の実質的支配者登録義務の創設(土地保有法人の支配権移転・信託受益権譲渡への届出拡張を含む)AML/CFT専門職による第三者検証制度の導入国・自治体による目的限定アクセス制度の整備閾値の段階的見直し水源・森林・農地等の公益的土地に関する透明性確保法制の検討

本制度は国内・国外の事業者を問わず適用される。特定の国や投資主体を対象とするものではなく、土地取得における最終受益者の可視化という市場の透明性確保の措置として設計する。


第1章 問題の所在

1.1 届出制度の構造上の限界

第9条の2型の土地取引届出制度は、届出義務者から第一層の株主・出資者情報の記載を求める構造である。その先の多層出資・海外法人・信託構造によって、最終的な実質的支配者までは制度設計上把握できない。

届出上の事業者は国内に登記された合同会社で、その社員(出資者)は別の国内法人である。その株主を辿ると、ケイマン諸島やBVIに設立された特別目的会社(SPC)に行き着く。その先に誰がいるのかは、届出情報からは分からない。出資比率を19.9%ずつ5社に分散させれば、犯罪収益移転防止法の定める25%超の閾値をすり抜け、「該当する実質的支配者なし」という届出が形式上成立する。信託や匿名組合を介在させれば、受益者の情報はさらに遠くなる。

典型的な構造を示す。

最終受益者(自然人)
 ↓ 100%
ケイマン諸島SPC
 ↓ 100%
シンガポール持株会社
 ↓ 51%/49%(議決権分散)
国内合同会社A / 国内合同会社B
 ↓ 各19.9%
事業SPC(土地取得名義人)

本図は FATF 等の公表資料に示される類型を一般化した例示であり、特定の事案・事業者を示すものではない。

この構造下では、届出制度上把握される「直接の株主」は国内合同会社A・Bに過ぎない。その背後にいる最終的な自然人にたどり着くには、海外当局との情報交換、税務情報、犯罪収益移転防止法の届出情報へのアクセスが必要になる。いずれも自治体には権限がない。

こうした構造は必ずしも違法ではない。合法的な投資スキームとして広く使われている手法でもある。問題は、この構造を使えば、誰が最終的に土地を支配しているのかを行政が全く把握できないという点にある。環境規制、景観保全、撤去費用の確保、住民への説明――これらは全て、責任を負うべき相手が誰かを特定できて初めて機能する。

1.2 条例では解決できない理由

仮に条例で「実質的支配者を自然人まで遡及して届出せよ」と書いたとしても、自治体側に以下の制約がある。

海外法人に対する調査権限を条例で創設することはできない。金融機関が犯罪収益移転防止法に基づいて保有する本人確認情報を、自治体が閲覧する法的根拠は存在しない。届出内容が真実かどうかを独自に検証する手段もない。

検証手段のない義務付けは三つの問題を生む。違反の認定ができず実質的に執行不能になること、正直に開示する事業者だけが手続負担を負い悪質な事業者は虚偽届出のリスクを過小評価すること、そして条例全体の信頼性を損なうこと。

当法人の条例ひな形は、この認識に基づいて「自治体の権限内で確実に執行できる範囲」に限定して設計している。実質的支配者の追跡は国の制度に委ねるという整理であり、本提言はその国制度の創設を求めるものである。


第2章 国際動向

実質的支配者の開示制度は、この10年で主要国の標準装備となった。背景には、パナマ文書(2016年)をはじめとする一連の情報漏洩事件で、匿名性の高い法人構造が資金洗浄・租税回避・制裁逃れに利用されている実態が明るみに出たことがある。

2.1 英国

英国は最も踏み込んだ制度を持つ。

2016年にPSC(Persons with Significant Control)登記制度を導入し、全ての英国法人に対して25%超の株式・議決権を保有する自然人の登記を義務付けた1.

さらに2022年8月、経済犯罪(透明性及び執行)法に基づきRegister of Overseas Entities(ROE)を施行した。英国内の不動産を保有する外国法人は、Companies Houseに実質的支配者を登録しなければならない。未登録の場合は不動産の譲渡、一定期間を超える賃貸借、担保権設定などの登記が制限される。違反には罰金と最大2年の禁錮刑が科される。1999年以降に取得した英国不動産にも遡及適用される2.

この制度の核心は第三者検証にある。登録は、英国の規制対象エージェント――弁護士、会計士等のマネーロンダリング対策義務を負う専門職――が内容を検証した上でなければ受理されない。自己申告では通らない。

2023年10月の経済犯罪・企業透明性法(ECCTA)でさらに強化された。過去に遡る支配者情報の開示義務、全ての信託受託者の開示義務、ノミニー(名義保有者)が保有する不動産の受益者情報の開示義務が追加された。年次の更新届出において変更があれば、変更情報も検証を経て提出しなければならない。

英国モデルが本提言の問題関心と直結するのは、「土地を取得するなら支配者を開示せよ、開示しなければ取引は法的に成立しない」という取引段階での強制力にある。自治体条例の届出義務違反に過料5万円を科す構造とは、制度の重みが根本的に異なる。

2.2 EU

EUは2015年の第4次マネーロンダリング対策指令(4AMLD)で全加盟国に実質的支配者の登記義務を課し、2018年の第5次指令(5AMLD)で登記情報の一般公開を義務付けた3. ドイツのTransparenzregister、フランスのRBE等、各国が個別の登記制度を整備している。

2022年11月、EU司法裁判所はSovim判決において、実質的支配者情報の無制限な一般公開はプライバシー権との均衡を欠くとした4。EUの新AML規則(Regulation (EU) 2024/1624)は2024年に採択・公布され、主要部分は2027年7月10日から適用される3。登記義務そのものは維持・強化の方向にある一方、閲覧範囲を含む制度運用は加盟国法と移行措置を踏まえて確認する必要がある。

各国の登記簿はBORIS(Business Registers Interconnection System)で相互接続が進められており5、域内SPCを経由した迂回に対する耐性が高まっている。不動産分野では、外国法人による取得時の支配者登録義務を設けるEU共通の枠組みも検討されている。

2.3 米国

米国は2021年に企業透明性法(Corporate Transparency Act)を成立させ、FinCEN(金融犯罪取締ネットワーク)への実質的支配者報告を義務付けた。しかし2025年3月、FinCENは暫定最終規則を発出し、国内法人の報告義務を撤廃して外国法人に限定する方針に転換した。外国法人で米国内に事業登録したものは、登録から30日以内に支配者情報を報告しなければならない。制度の範囲は縮小されたが、外国法人の透明性確保という方向性は維持されている6.

不動産分野では、FinCENのResidential Real Estate Rule(住宅不動産移転規則)について、2026年3月19日に米国テキサス東部地区連邦地裁が規則を無効化する命令を出した7。FinCENと司法省は控訴しているが、同命令が有効な間は報告義務は執行されず、報告者はReal Estate Reportを提出する必要がないとFinCENが明示している7。したがって、同規則は「整備中」とのみ表現せず、訴訟による現在の執行停止を併記する必要がある。

2.4 カナダ

カナダは2023年にBill C-42を成立させ、連邦法で設立された法人(CBCA法人)に実質的支配者情報の公開登記を義務付けた。2025年10月からは新たな連邦規則が適用され、検証手続が強化される。州レベルではブリティッシュ・コロンビア州が先行し、不動産取得時の支配者登録を州法で義務化している8.

2.5 閾値の国際比較

25%超という閾値は国際的に広く使われているが、これでは不十分だという認識も広がっている。英国のPSC制度は25%超を基準としつつも、「重大な影響力または支配力」(significant influence or control)を持つ者も対象に含めることで、出資比率だけでは捕捉できない支配関係をカバーしている。

こうした動向は、多層分散による25%閾値の回避が実務上広く認識されており、閾値の引き下げや支配力基準の導入が国際的な流れとなっていることを示している。

2.6 FATF勧告24(2022年改訂)

FATFは2022年3月に勧告24を大幅改訂し、各国に対して法人の実質的支配者情報を「登記簿またはそれと同等の仕組み」によって保持し、権限ある当局が適時にアクセスできるようにすることを求めた。2023年2月には勧告25(信託等の法的取り決め)も同等の水準に引き上げた9. 改訂後の勧告は、自己申告のみに依拠する制度の不十分性を明確化し、登記簿、金融機関の顧客管理情報、税務情報を組み合わせた「多面的アプローチ」の活用を推奨している。

FATFの分析によれば、相互評価を受けた法域のうち、実質的支配者の透明性に関する法令・規制体制が適切と評価されたのは約半数にとどまり、実効性面で「実質的に有効」と評価された法域は9%にすぎないことが報告されている10


第3章 日本の現状と課題

3.1 実質的支配者リスト制度の構造的限界

日本は2022年1月に実質的支配者リスト制度を運用開始した。商業登記所に対し、株式会社が議決権の25%超を保有する自然人の情報を記載した一覧を提出し、登記官の認証文付き写しの交付を受ける仕組みである11.

この制度には三つの根本的な弱点がある。

第一に、利用は任意である。法的な提出義務がないため、任意提出にとどまる。FATF第3回フォローアップ報告(2024年10月)でも、任意制度の限界が指摘されており、金融機関の継続的顧客管理を「代替手段」として評価されたにとどまる12.

第二に、対象が株式会社に限られる。合同会社、一般社団法人、一般財団法人、持分会社は対象外であり、再生可能エネルギー事業で多用される合同会社が制度の射程外にある。合同会社が投資ビークルとして選ばれる理由は、設立の簡便さ、社員間の柔軟な損益分配、そして株式会社に比べて情報公開義務が少ないことにある。透明性が低いからこそ選ばれている法人形態が、制度の対象外になっている。

第三に、不動産取得との連動がない。英国のように「登録しなければ取引できない」という設計ではないため、土地取得の場面で支配者情報が捕捉される仕組みが存在しない。

3.2 FATFの評価と第5次相互審査

FATFは2021年8月の対日相互審査で日本を重点フォローアップ国に指定した13。2024年10月の第3回フォローアップ報告では、技術的コンプライアンス(法令整備面)について改善が認められ、40勧告はいずれも不履行または一部履行の評価を脱した。一方、2021年相互審査で指摘された有効性面の課題、特に法人・法的取極めの悪用防止に関する実質的支配者情報の把握については、なお課題を残している。

2028年8月に予定される第5次相互審査では、有効性評価が主な審査対象となる。IO5(法人等の悪用防止)は、実質的支配者の確認態勢を問う項目であり、日本がME(中程度・未達成)にとどまる分野の一つである14. 2024年5月の規制改革推進会議では「特定事業者への情報照会システムを利用して、実質的支配者情報等を当局が把握するために必要なシステムを整備する」方針が示されたが、不動産・土地取得の場面での開示義務化には至っていない。

3.3 重要土地等調査法の射程

重要土地等調査法(2022年施行)は、防衛施設・国境離島等の周辺の土地取引について、内閣総理大臣が利用状況を調査し、勧告・命令を発することを可能とした15. しかし対象区域は安全保障上の重要施設に限定されており、水源地・森林・農地の取得を広くカバーするものではない。自然環境保全の観点からの土地取得規制は、依然として自治体条例に委ねられたままであり、その条例が支配者情報を追跡できないという構造的矛盾が解消されていない。

3.4 2026年の国の動き——国籍情報の把握と、その射程

2026年に入り、国は外国人・外国法人による土地取得の把握に向けて複数の制度改正に着手した。ただし、いずれも「国籍」の把握を主眼とするものであり、本提言が求める実質的支配者(最終的な自然人)の把握とは射程が異なる。

第一に、国土利用計画法施行規則の改正である。2026年2月2日に公布され、同年4月1日に施行された。大規模な土地取引に係る事後届出において、権利取得者が法人である場合の届出事項に、①代表者の国籍等、②同一の国籍等を有する者が役員の過半数を占める場合の当該国籍等、③同一の国籍等を有する者が議決権の過半数を占める場合の当該国籍等が追加された16. 対象となる取引規模は、市街化区域で2,000平方メートル以上、その他の都市計画区域で5,000平方メートル以上、都市計画区域外で10,000平方メートル以上である。

第二に、不動産登記規則の改正である。2026年3月31日に公布され、同年10月5日に施行される。登記名義人となる自然人について、これまで任意であった国籍等の「検索用情報」の申出が義務化される。日本国籍者を含む全ての新規名義人が対象である17.

第三に、内閣官房に「外国人による土地取得等のルールの在り方検討会」が設置され、2026年3月4日に初会合が開かれた。同検討会は安全保障等の観点から土地の取得・利用に関する規制の可否を検討している。初会合以降も継続的に開催されており(第2回2026年4月9日、第3回同年4月30日)、2026年夏を目途に基本的な方針の取りまとめを予定していると報じられている18. 同検討会では、規制対象を外国人・外国法人に限定することの妥当性——国際協定上の内国民待遇義務との整合——が論点の一つとなっている。この論点は、内外の法人を区別せず全ての法人類型に同一の開示義務を課すという本提言の設計(第5章参照)と問題意識を共有する。

これらの制度改正は、土地取得の透明性向上に向けた前進である。しかし、把握されるのは届出義務者・登記名義人およびその第一層の役員・議決権の国籍にとどまる。多層的な出資構造、海外SPC、信託を介在させた場合、最終的な意思決定権を持つ自然人——実質的支配者——は依然として捕捉されない。第1章で述べた構造上の限界は、国籍情報の把握が制度化された後も残る。国籍の把握と実質的支配者の把握は、目的も手法も異なる。本提言が求めるのは後者である。


第4章 提言内容

以下の五点について、国レベルでの制度整備を求める。

提言1:不動産取得時の実質的支配者開示の義務化

法人が一定規模以上の土地・不動産を取得する際に、最終的な意思決定権を持つ自然人の情報を、所管の公的機関に届け出ることを法律で義務付ける。届出がない場合は不動産登記を受理しない仕組みとし、英国のROEと同様に「開示しなければ取引できない」構造にする。

対象法人は、株式会社に限らず、合同会社、一般社団法人、一般財団法人、外国法人を含む全ての法人類型とする。対象取引の規模基準は、制度開始時には広めに設定し、運用実績を踏まえて段階的に調整する方式が現実的である。

また、土地そのものの所有権移転だけでなく、土地保有法人の株式・持分の譲渡、信託受益権の譲渡、匿名組合出資その他の契約上の地位の移転により実質的支配者が変更される場合についても、一定の範囲で変更届出の対象とする必要がある。この拡張がなければ、土地の直接売買を経由せずに実質的な支配者を入れ替えることが可能となり、制度の実効性が大きく損なわれる。

提言2:第三者検証制度の導入

自己申告だけでは虚偽を排除できない。英国はUK-regulated agentによる検証を義務付けており、弁護士・公認会計士等の規制対象専門職が、届出内容を確認した上で署名する。

日本でも、司法書士、行政書士、公認会計士、税理士、宅地建物取引業者等の犯収法上の特定事業者に加え、弁護士については日弁連規程上の本人確認・依頼者確認義務を踏まえ、AML/CFT上の義務を負う専門職による検証を義務付け、検証を経ない届出は受理しない制度とすべきである。検証の範囲は、商業登記情報、株主名簿、定款、出資契約書等の書類に基づく形式的確認を基本とし、意図的な虚偽に対しては検証者の注意義務違反として責任を問える設計にする19.

提言3:自治体への限定的な情報アクセスの付与

登録主体は法務局を基本とし、不動産登記申請と実質的支配者登録を連動させる。登録情報は、一般公開を原則とせず、法執行機関(警察庁)、税務当局(国税庁)、金融情報機関(金融庁)、土地利用規制を所管する国の機関(国土交通省、環境省)、および関係自治体に目的限定で提供する。民間への開示は、正当な利益を有する者に限定するか、または氏名等を一部秘匿した概要情報にとどめる。

条例に基づく土地取引届出を所掌する自治体が、上記の登録情報を閲覧できる仕組みを整備する。閲覧権の範囲は、当該自治体の区域内の土地取引に限定し、利用目的も条例に基づく届出審査・監督に限る。

現在、自治体は独自に情報を収集しようとしても法的根拠がなく、国が保有する情報にもアクセスできない。この断絶が条例の実効性を著しく損なっている。個人情報保護との均衡は、重要土地等調査法における情報提供の枠組みを参考に設計できる。

提言4:閾値の段階的見直し

現行の犯罪収益移転防止法は、実質的支配者の判定基準を議決権の25%超としている。これは国際的にも一般的な閾値であるが、出資比率を複数法人に分散し、信託、匿名組合、ノミニー、海外SPCを介在させることで、形式的な25%基準だけでは実質的な支配関係を捕捉しにくくなる場合がある。

まず現行の25%基準で制度を開始し、運用実績と回避事例の蓄積を踏まえて閾値の引き下げや支配力基準の導入を段階的に検討すべきである。英国のPSC制度における「重大な影響力または支配力」基準が先行例として参照できる(閾値設計の詳細は19に示す犯収法施行規則上の枠組みを踏まえる)。

提言5:重要土地等調査法の対象拡大の検討

重要土地等調査法の枠組みを水源・自然環境・農地等の公益的土地に直接拡張するか、または公益的土地について別個の透明性確保法制(例:水源・森林等土地取引透明化法)を設けるかについて、中期的に検討すべきである。重要土地等調査法は本来、安全保障上の重要施設・国境離島等を対象とする法律であり、環境政策への直接拡張には制度趣旨の整理が必要となる。地域生物多様性増進法(2024年施行)に基づく自然共生サイト・OECM登録区域との接続も含めて整理する。本提言の他の四点が実現した場合でも、「利用状況の調査・勧告・命令」の権限を持つ法的枠組みは、開示制度とは別の実効性を持つ。


第5章 想定される懸念と対応

外資規制・WTO整合性への懸念

本制度は、特定の国籍や投資主体を対象とするものではない。内国法人・外国法人を問わず、全ての法人類型に同一の開示義務を課す設計であり、WTO・投資協定上の内国民待遇義務との抵触は生じない。英国・EU・カナダの制度も同じ構造を取っている。FATF勧告への対応という国際的な正当性も備えている。

事務負担の増大

届出者の手続負担は増加する。ただし、上場企業とその子会社は既に犯罪収益移転防止法上の特例で実質的支配者の確認が簡略化されており、この特例を本制度にも適用すれば対象の相当部分で負担が軽減される。中小事業者については、段階的な導入と既存の実質的支配者リスト制度の提出書類との共通化によって実務的な負担を抑えることができる。登録はオンライン化を前提とし、初回登録後は変更時のみ更新義務とする。

プライバシーへの配慮

自然人の氏名・住所等の公開範囲は慎重に設定する必要がある。英国は原則公開としているが、EU司法裁判所は2022年に一般公開を無効とする判決を出し4、その後EU内では閲覧を正当な利益を有する者に限定する方向に修正された。日本においては、提言3で述べたとおり、登録情報を法執行機関・税務当局・金融情報機関・関係自治体等の公的機関に限定して提供し、一般公開は行わない設計が現実的である。

義務違反時の制裁

虚偽届出または重要な変更の未届出については、過料にとどまらず、悪質な場合には罰金刑を含む制裁を設ける。また、登録義務違反がある法人については、不動産登記申請の却下または補正命令、開発許可申請・再エネFIT/FIP認定申請・補助金申請等における不利益措置を検討する。英国ROEでは違反に対して罰金と最大2年の禁錮刑が科されており、制裁の水準設定にあたって参照できる。

制度移行期の混乱

既存の不動産保有法人については3年程度の経過措置を設け、段階的に登録を進める。既存事業者の事業継続を不当に妨げない設計とする。


おわりに

市町村条例が設ける届出制度は、設計上、土地取得の一次情報を把握する役割を担い得る。しかしその先にある支配構造の透明性は、条例の射程外にある。この空白を埋めるのは国の役割である。

英国は「開示しなければ取引できない」制度を既に運用し、EUは域内統一の枠組みを整備し、FATFは全加盟国に実質的支配者情報の把握を求めている。日本の現行制度は、任意・限定的・不動産非連動という三重の制約を抱えたまま、2028年の第5次相互審査を迎えようとしている。

本提言が求めるのは、特定の国や投資主体を排除する制度ではない。土地という公共性の高い資産について、最終的に誰が支配し、誰が責任を負うのかを明らかにする制度である。それは市場の透明性と公平性を高め、結果として健全な投資を呼び込む基盤となる。

本資料は一般財団法人 地球防衛群が作成した政策提言であり、法的助言、税務助言、投資助言または行政判断を代替するものではありません。当法人が本文書に基づいて個人情報の収集・公開を行うことはありません。具体的な事案については弁護士、税理士、関係省庁その他の専門家にご相談ください。本記載は2026年7月25日時点の公開資料に基づくものであり、各国・国内の制度は改正・訴訟等により変動する可能性があります。



改訂履歴

日付概要
v0(2026-05-04)2026年5月初版ドラフト
2026年5月版2026年5月タイトル・副題の見直し、章立て・国際動向・提言構成の刷新(提言五点)、脚注整理
2026年7月追記2026年7月第3章に「3.4 2026年の国の動き」を追記(国土利用計画法施行規則改正・不動産登記規則改正・内閣官房検討会)。提言五点は変更なし
2026年7月25日改訂2026年7月25日FinCEN Residential Real Estate Ruleの無効化・執行停止と、EU AML規則の採択・公布日と主要部分の適用開始日を反映

注・出典

  1. Small Business, Enterprise and Employment Act 2015, Part 7 (PSC Register).

  2. Economic Crime (Transparency and Enforcement) Act 2022, Part 1 – Register of Overseas Entities; Economic Crime and Corporate Transparency Act 2023 による改正を含む。

  3. Directive (EU) 2015/849 (4AMLD); Directive (EU) 2018/843 (5AMLD); Regulation (EU) 2024/1624(新AML規則)。 (2か所目)

  4. CJEU, Joined Cases C-37/20 and C-601/20 (WM and Sovim SA), 22 November 2022. (2か所目)

  5. Directive (EU) 2017/1132, Art. 22(BRIS/BORIS相互接続)。

  6. Corporate Transparency Act, 31 U.S.C. §5336 (2021)。FinCEN, Interim Final Rule: Beneficial Ownership Information Reporting Requirement Revision and Deadline Extension, 90 Fed. Reg. 15,149 (March 26, 2025)。

  7. FinCEN, Residential Real Estate Frequently Asked Questions(2026年5月18日公表)https://www.fincen.gov/rre-faqs(外部サイトを別タブで開く) (2か所目)

  8. Canada Business Corporations Act (CBCA), as amended by Bill C-42 (2023).

  9. FATF, Revisions to Recommendation 24 and its Interpretative Note (March 2022); Guidance on Beneficial Ownership of Legal Persons (March 2023).

  10. FATF, Report on the State of Effectiveness and Compliance with FATF Standards(実質的支配者の透明性に関する章。相互評価を受けた法域のうち適切な法令・規制体制と評価されたのは約52%、実効性面で「実質的に有効」と評価されたのは9%)。

  11. 法務省「実質的支配者リスト制度の創設(令和4年1月31日運用開始)」。

  12. FATF, Japan: 3rd Enhanced Follow-Up Report & Technical Compliance Re-Rating (October 2024).

  13. FATF, Anti-money laundering and counter-terrorist financing measures – Japan, Mutual Evaluation Report (August 2021)。

  14. PwC「テロ資金供与対策等の振り返り――日本のFATF第4次相互審査完了と第5次相互審査に向けた留意点」(2025年2月)(IO5・第5次相互審査日程等の概要参照)。

  15. 「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律」(令和3年法律第84号)。

  16. 国土交通省「大規模な土地取引の際の届出事項に法人代表者の国籍等を追加——『国土利用計画法施行規則の一部を改正する省令』を公布」(令和8年2月2日公布、同年4月1日施行)。https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo02_hh_000001_00106.html(外部サイトを別タブで開く)

  17. 不動産登記規則第158条の38から第158条の40までの改正(法務省令第23号、令和8年3月31日公布、同年10月5日施行)。登記の検索用情報としての国籍等の申出義務化。

  18. 内閣官房「外国人による土地取得等のルールの在り方検討会」(第1回:令和8年3月4日)。https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/symbiotic_society/gaikokujin_tochishutoku/index.html(外部サイトを別タブで開く)

  19. 犯罪収益移転防止法第4条第1項第4号、同法施行規則第11条第2項(実質的支配者の確認に関する基準)。 (2か所目)

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