記事の内容まとめ
「2030年までに、陸と海の少なくとも30%を自然として守ろう」という国際目標があります(30by30)。しかし、国立公園のような保護地域だけでは足りません。
そこで注目されているのがOECMという仕組みです。お寺の森、企業が持つ水源林、里山——保護区でなくても、地域の管理や利用のあり方によって長期的に自然が守られている場所を「自然共生サイト」として認定し、保全面積に数える制度です。
この記事では、国際的な背景から日本の認定制度、そして自治体・住民・企業がどう関われるかまでを整理しています。「うちの地域にも守りたい自然がある」という方に、使える制度の全体像をお伝えします。
保護地域だけでは守れない
地球上の生物種は、過去50年にわたり加速度的に減少を続けている。2019年のIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)地球規模評価報告書は、約100万種の動植物が絶滅の危機にあると警告した。失われゆく自然。残された時間は、それほど多くはない。
この危機を前に、国際社会は2022年、「2030年までに陸域と海域の少なくとも30%を保全する」という目標──通称30by30に合意した。しかし日本において、国立公園等の保護地域だけで30%の目標水準に到達することは難しいと指摘されている。残るギャップをどのように埋めるのか。
そこで注目されるのがOECMという考え方であり、その日本での受け皿となる自然共生サイト認定である。
[ OECM:Other Effective area-based Conservation Measures ]
保護地域には該当しないものの、区域が明確で、一定の管理・ガバナンスの下に置かれ、生物多様性の域内保全に長期的・継続的な効果をもたらしている地域。企業の保有林、社寺林、水源涵養林、里地里山等が典型例に当たり得る。
本記事では、この国際枠組みと国内法制度の全体像を解説し、自治体・地域住民・NPO・企業がそれぞれどのような役割を担いうるのかを整理する。
国際的な背景──昆明・モントリオール生物多様性枠組
2022年12月、カナダ・モントリオールで開催された国連生物多様性条約第15回締約国会議(CBD-COP15)において、「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF:Global Biodiversity Framework)」が採択された。2010年に採択された「愛知目標」の後継であり、2030年までの23のグローバルターゲットを掲げる。
枠組みの中で重要な位置を占めるのが、ネイチャーポジティブ(Nature Positive/自然再興) である。「生物多様性の損失を止め、反転させ、自然を回復軌道に乗せる」という方向性を示す概念で、特定の数値基準を法的に定めるものではなく、各国の戦略・施策が共有する到達目標として位置付けられている。
IPBESの報告書は、過去50年間の種の絶滅速度が過去1,000万年平均の少なくとも数十倍から数百倍に達していると指摘する。主要因として、土地利用の変化(農地転用・都市開発・森林伐採)、直接的な搾取(乱獲等)、気候変動、汚染、外来種の侵入が挙げられる。
GBFの23ターゲットはこれらの要因に幅広く対応する構成をとっており、その中で空間的保全の柱として位置付けられたのがターゲット3──いわゆる30by30目標である。
ターゲット3には、保全活動を進めるにあたり、「先住民族及び地域社会の権利を尊重し、その十分かつ実効的な参加を確保すること」が明記されている。土地を一方的に囲い込むのではなく、その地に暮らす人々との対話と合意形成を前提とすることが、国際合意の絶対条件となっている。
30by30とは何か
30by30(サーティ・バイ・サーティ)とは、2030年までに自国の陸域および海域の少なくとも30%を、生態系として効果的に保全・管理する国際目標である。GBFターゲット3に明記されており、保護地域(Protected Areas)と「保護地域以外で生物多様性保全に効果的に貢献する地域」(OECM)の双方を合算して達成を評価する。
日本における保護地域とOECMの合計面積は、現時点で30%目標に対して陸域・海域ともに不足があると環境省は説明している。環境省の公表資料では、国際データベース上の保護地域・OECM面積の合計割合について、陸域は約21%、海域は約13%と算出されている。数値は登録状況により変動するため、最新の値は環境省公式ページを参照されたい。
このギャップを埋めるため、政府は2022年4月に「30by30ロードマップ」を策定した。ロードマップでは、保護地域の拡張と質の向上に加え、OECMの設定促進が両輪として位置付けられている。同時に設立された「30by30アライアンス」には、企業・自治体・NPO・個人を含む多様な主体が参加し、情報共有と相互連携の基盤として機能している。
OECM——保護地域とどう違うのか
OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)とは、国立公園や自然環境保全地域のような法的保護地域には該当しないものの、区域が明確で、一定の管理・ガバナンスの下に置かれ、生物多様性の域内保全に長期的・継続的な効果をもたらしている地域を指す。2018年のCBD決定14/8で公式に定義され、IUCN(国際自然保護連合)がガイダンスを公表している。つまり、単に「人の手が入っていない自然」や「偶然残った緑地」ではなく、地域の営みや管理の積み重ねによって自然が守られてきた場所である点が重要である。
保護地域とOECMの違いは、設定の主目的にある。
[ 保護地域 ] 生物多様性の保全が第一義的な設定目的
[ OECM ] 保全が主目的でなくとも、管理・ガバナンスの下で、結果として長期的・継続的に生物多様性が維持されている区域
たとえば、社寺林が信仰の対象として数百年維持された結果として生態系が保全されている場合や、企業が保有する水源涵養林が経営資源の維持を目的としつつ結果として生物多様性を支えている場合が、OECMの典型例として該当する。
対象は多様だ。里地里山、企業の社有林・工場緑地、大学の演習林、ゴルフ場の調整池周辺、都市公園、社寺林、共有林(入会地)、農業用水路のビオトープ──既に存在する多様な空間が候補となる。「新たに何かを設置する」のではなく、「既にある保全の実態を認定し、可視化する」仕組みである点が、OECMの本質と言える。
30by30目標の達成において、保護地域の拡張には政治的・財政的・社会的な調整が必要となる。一方、OECMは、既存の管理実態のうち生物多様性の保全に長期的・継続的な効果が認められる区域を国際的に可視化する仕組みであり、既存の保全活動を保全面積として算入できる利点がある。
日本の自然共生サイト認定制度
環境省は2023年度から、OECMに該当する国内の区域を自然共生サイトとして認定する仕組みを開始した。2025年4月に施行された「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」(令和6年法律第18号。以下「生物多様性増進活動促進法」)により、認定制度は法的基盤を持つ仕組みへと再編された。
認定にあたっては、当該区域における生物多様性の価値(希少種の生息、良好な生態系の維持等)、長期的な活動の継続性、適切な管理体制が評価される。認定は3類型に分かれる。
[ 維持タイプ ] 既に生物多様性が豊かな場所をそのまま維持する活動
[ 回復タイプ ] 管理放棄地等で生物多様性を回復する活動
[ 創出タイプ ] 開発跡地等に新たに生物多様性を生み出す活動
自然共生サイトの認定数は制度開始以降増加しており、認定主体は企業、NPO、自治体、大学、宗教法人など多様である。環境省の公表によれば、2026年3月時点で自然共生サイトは合計569か所となり、政府が掲げていた「早期に500以上認定」の目標は達成されている(認定数は今後も変動するため、最新情報は環境省公表資料を確認されたい)。
ここで誤解されやすい点を整理しておきたい。自然共生サイトの認定を受けたすべての区域が、自動的にOECMとして国際データベースに登録され、30by30の達成状況に算入されるわけではない。OECMとして国際データベース(WD-OECM)に登録されるのは、原則として自然共生サイトのうち、既存の保護地域と重複しない区域である。重複部分は二重計上を避けるため、OECMからは除外される。
さらに、認定類型によってOECM登録の時期が異なる点にも留意が必要である。維持タイプとして認定された区域は、保護地域との重複を除いた部分がOECM登録の対象となる。一方、回復タイプ・創出タイプについては、認定直後に直ちにOECMとして登録されるのではなく、活動の継続により生物多様性の状態が豊かになり、所定の価値基準に合致した段階でOECM登録が予定されている。具体的な登録要件・運用については、環境省の公式資料を確認されたい。
企業による認定取得・支援の事例も増えている。背景の一つとして、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のフレームワークにおいて、自然への依存・影響・リスク・機会を開示する際の参照情報になり得ることが挙げられる。
環境省は「自然共生サイト等に係る支援証明書」制度を設けており、他者の所有地における保全活動を支援した企業にも公的証明を発行する仕組みを運用している。この支援証明書は、TNFD開示やIR資料における参照情報の一つとして活用が想定されている。ただし、企業がこうした制度を利用する目的は様々であり、すべての企業がTNFD開示のみを動機とするわけではないことに留意すべきである。なお、支援証明書は支援の事実を公的に証明するものであり、自然資本クレジットそのものではない。
地域社会との対話と合意形成
OECMや自然共生サイトの考え方を語る上で、忘れてはならない原則がある。
GBFターゲット3が明記しているとおり、空間的保全は先住民族及び地域社会の権利を尊重し、その実効的な参加を確保した上で進められることが国際合意の前提となっている。土地に長く暮らしてきた人々がいる場所で、外部の主体が一方的に保全区域を設定することは、この原則に反する。
日本国内においても、同じ考え方が制度設計に反映されている。生物多様性増進活動促進法における連携増進活動実施計画は、市町村がとりまとめ役となり、土地所有者、地域住民、専門家、NPO等の合意形成を前提として策定される。同法第13条に基づく連携増進活動協議会は、その合意形成を制度的に支える協議の場となる。
保全は、地域から切り離された理念として進められるものではない。地域に住む人々の暮らしと結びついた取組として進められて初めて、長期的に持続する。OECMの「管理や利用のあり方によって長期的に保全されている地域」という性格そのものが、地域の生業や文化との結びつきから生まれた保全であることを示している。
生物多様性増進活動促進法(令和6年法律第18号)の意義
「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」(令和6年法律第18号)は、2025年4月1日に施行された。旧「生物多様性地域連携促進法」(平成23年法律第72号)を廃止し、再構築した法律である。主務大臣は環境大臣、農林水産大臣及び国土交通大臣の3大臣が共管する。
本法の核心は、認定計画制度とそれに伴う法的特例にある。
第9条・第10条に基づく増進活動実施計画は、企業やNPO等が作成し主務大臣の認定を受ける。第11条~第13条に基づく連携増進活動実施計画は、市町村がとりまとめ役として地域の多様な主体と連携する広域型の計画である。これらの計画について主務大臣の認定を受けた区域は、自然共生サイトとして取り扱われる。
認定計画に対しては、第15条~第21条において他法令の手続に関する一部の特例・簡素化が措置されている。具体的には、自然公園法、自然環境保全法、種の保存法、鳥獣保護管理法、外来生物法、森林法及び都市緑地法に関連する一定の手続について、認定計画の範囲内で許可を受けたものとみなす等の特例が設けられている。すべての許認可が一律に不要になるわけではなく、対象行為や条件は法令ごとに異なるため、個別の運用は同法及び関係法令の条文・施行規則を確認されたい。
特筆すべきは、第22条以下に規定される生物多様性維持協定である。認定を受けた連携増進活動実施計画について、市町村は活動実施者及び土地所有者等との間で協定を締結することができる(第22条)。協定は第23条による公告を経た上で、第24条に基づく承継効を有する。すなわち、公告後に相続・売買等により土地の所有者等が変わった場合にも、新所有者に対して協定の効力が及ぶ。土地所有者の変更に伴う保全活動の中断を抑え、保全の継続性を高める仕組みと整理できる。
税制上の措置も講じられている。生物多様性維持協定が締結された区域内の土地について、一定の要件を満たす場合に相続税及び贈与税の評価額が20%減額される特例が、2025年4月から施行されている。適用要件(協定の貸付期間、対象土地の範囲、手続等)は限定されているため、詳細については国税庁の質疑応答事例及び財務省の税制改正資料を参照されたい。なお、本記事の記載は税務上の助言を構成するものではない。
第13条に規定される連携増進活動協議会は、市町村が必要に応じて関係者(活動実施者、土地所有者、地域住民代表、専門家、NPO等)で構成する協議の場として組織することができる。多様な利害関係者間の合意形成を支える機能を持つ。
自治体・NPO・企業──それぞれの選択肢
30by30目標の達成とネイチャーポジティブの実現には、複数の主体がそれぞれの位置から関わる必要がある。ここでは、自治体・NPO・企業がとりうる関わり方の選択肢を整理する。
自治体(市町村等) は、連携増進活動実施計画の策定主体であり、生物多様性維持協定の締結主体でもある。生物多様性維持協定は、認定を受けた連携増進活動実施計画に関し、市町村等が活動実施者及び土地所有者等との間で締結できる制度であり、自治体の関与は制度設計上不可欠と整理される(なお、計画自体の認定は主務大臣が行う)。加えて、市町村は地方自治法及び関係法令の範囲内で、独自条例により区域指定、届出、協議、保全活動の促進等を設けることも考えられ、保全と土地利用調整の両面から地域に関与する余地を持つ。
NPO・財団 は、保全活動の実施主体として継続的に関わることができる。科学的なモニタリングの実施、地域住民との関係構築、行政と市民の橋渡し──制度の枠組みを実務に落とし込む役割は、長期的な視野と専門性を持つ非営利主体に期待されている。ただし、計画の質は単独の主体だけで決まるものではなく、自治体・地権者・地域住民・専門家との協働によって形作られる。
企業 にとっての関わり方は多様である。自社の保有地を自然共生サイトとして認定することもあれば、他者の保全活動への支援を通じて関わることもある。動機も多様で、TNFD等への対応、サプライチェーン上の自然関連リスクの管理、地域貢献、社員の参加や現場理解の深まり、自然との接点づくりなど、企業ごとに位置付けは異なる。経済的なメリットは、保全活動の結果として生じ得る一つの側面であり、保全活動そのものの目的ではないことを忘れずに整理する必要がある。
これら複数の主体の関わり方が組み合わさることで、保全の選択肢が広がる。どの組合せが地域に適合するかは、当該地域の生態系・社会条件・歴史的背景によって異なる。ここで紹介したのは、そのうち幾つかの典型例である。
当法人の取組と関連リソース
一般財団法人 地球防衛群(2026年4月25日設立)は、水源・森林・農地の保全を目的として活動する環境保全団体である。当法人が公開している条例ひな型「命の水と森を守る条例」(正式名称:水源、農地及び森林の保全並びに土地開発行為の適正化に関する条例)は、本記事で解説した制度と接続する内容を含む。同条例第29条(生物多様性維持協定等の推進) は、生物多様性増進活動促進法に基づく協定の活用を市町村に促す内容となっており、地域での実装を条例レベルで補完することを意図する規定である。
当法人は、保全対象として整備する水源林等について、自然共生サイト認定の取得を検討している。条例による区域指定と、認定取得の双方を組み合わせることで、地域における生物多様性の保全に複数の制度的根拠を確保する方針である。条件を満たせば、認定区域はOECMとして国際データベースへ登録される可能性がある(具体の登録要件は環境省の公表資料を参照)。
本記事で取り上げた用語・制度の詳細については、当法人の環境用語集(30by30、OECM、自然共生サイト、ネイチャーポジティブ、TNFD、生物多様性増進活動促進法、コモンズ等を収録)も参照されたい。
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